岐阜高校
岐阜高校同窓会

2021.08.25
篠田成郎「森を守り活かす」

森を守り活かすことが、豊かな山、川、町につながる―。
コロナ禍で人間の活動が制限を受ける中で、岐阜市にそびえる金華山や麓の清流長良川は悠久の美をたたえ、その自然は私たちを癒し命を守ります。
物理学、社会学などあらゆる方向から緻密なデータを挙げて森を守る研究を続けている、岐阜大学工学部の篠田成郎教授に話を伺いました。

(聞き手 木村裕子・平成十年卒)

篠田 私は元々、海岸工学を専攻し、海や波について、物理学や力学の方程式を用いて数値解析をする研究をしてきました。しかし、海なし県でこのまま研究を続けるのも、と、岐阜大の助教授になったタイミングで、これまでの物理学の方程式などを使って海から山まで全部を相手にして、故郷の自然を護る研究者になりたいと考え、研究分野を変更しました。それには現象を知らなければ始まらないと、岐阜の山中、乗鞍山嶺などで一年間の三分の一を過ごすこと五、六年を経て、山から下流、長良川や木曽川、伊勢湾まで、問題になっている現象がたくさん見えてきました。当時浮上していた地球温暖化、人間の排出するさまざまな物質の影響に関わる課題が顕在化しました。

そのうち、岐阜県の環境部局から、吉田川のアユが急減している、と相談がありました。一九九五年の、長良川上流域の漁獲高急減の原因を知りたいと。河口堰やスキー場建設の影響を指摘されていたのですが、実際にはアユの遡上量は戻っていて、水質も向上していると分かりました。漁獲高というのは実はアユだけではなく、海から遡上しないアマゴも含まれます。アユよりアマゴが影響を受けていると分かった上に、河口堰が主原因なら遡上しないアマゴは減らないはずなので、河口堰だけが原因ではないと分かった。主な原因は山や森だったのです。

森は間伐などの管理がされていないと、木々が密集して隙間がなくなり、雪が地面に落ちずに木の上にたまります。すると、雪の重みで木が折れてしまいます。

放置された森林

郡上市大和の、ある杉の市有林を、間伐・非間伐・途中から間伐、の三通りに分け比較調査を五年間したところ、土に違いが生じることが分かりました。樹木というのは地中から水を吸い上げます。木がたくさんあると水がたくさん吸い上げられ、土の中の水分が減ってしまいます。さらに樹冠遮断といって、非間伐部分では、先述のように雪や雨水が地面に届かず、土がパサパサに乾燥してしまいます。すると元々土の中に棲むたくさんの虫や微生物がいなくなってしまうのです。水を貯める立役者としての生き物がいなくなってしまい、土がパサパサに乾燥して、細かい土が流出してしまいます。

雨が降った時、昔より川の濁っている時間が長いと思いませんか。濁りは、山から細かい土がたくさん流れてきていることを意味します。長良川でも、鵜匠さんに聞くと、昔は河原に真っ白な玉石がたくさんあったのに、今は草で覆われていると。川原に土が滞積しているのです。山から流出する土は腐植土、肥沃な土で、川の植物は繁茂しますが、逆に山の方は土がなくなってしまっているのです。あるヒノキ林では、四五年で六〇センチ、地面が下がりました。

鮎 ハコネサンショウウオ ナガレヒキガエル

アユが食料とする藻類に土がかかってしまってアユが育たなくなる、あるいは藻類が育たなくなる。川が濁っていると日光が届かないので、光合成ができません。仮に光合成できたとしても、土をかぶった藻類なので、魚は好んで食べません。アユは新鮮な藻類しか食べないのです。

人工林が悪いのではなく、人工林の放置が問題なので、管理する仕組みが必要になってきました。管理されない要因としては、木の材価が安く、商売になりません。県は間伐や管理をしようと補助金を出していますが、状況改善に至らないのが現状です。ほとんどの木は木材になることなく放置されています。需要を喚起し、それをお金にしようという動きが必要です。森林は地域の貴重な財産です。木は水を生み出し、木材となり、加工技術の定着と発展をもたらし、職人の腕を上げ、文化を創り継承され、歴史や風土をつくります。そこで、森林を起点にした地域社会を創り出す動きが起きています。

郡上市の明宝温泉の例です。ここの温泉施設では湯を灯油で温めていましたが、売り上げのほとんどが灯油代で消え、県外へ流出していました。そこで、木質チップや薪をボイラーで燃やし、湯を温めることを始めました。地元にチップ工場を作ったり、薪を地元のお年寄りに切ってもらうことによって、お金が地元へ落ちる仕組みです。灯油を用いていた頃は地域外に流出していた支出が、チップと薪にすることでトータルの支出が減ってお金が地元に落ち、地元の雇用も生み出します。木材を地産地消することで社会全体のコストを下げる仕組みとなりました。

移動式チッパー → 木質チップ → チップボイラー

このように森林を、いろいろな視点でみんなで考え、活用することによって、みんなが一つの目標に向かい集まれるようになってきた、ということが最も重要なことでした。若者を中心に地域外に人が流出していたのを食い止め、エネルギーの自給自足、森林が良くなり、川の下流域にも恩恵が行き渡ります。

木村 高齢化で山の管理ができなくなる事例がありますよね。

篠田 若者の流出を防ぐには、山に目を向けることが大切です。山はお荷物ではなく、資源の宝庫、財産です。そう思える仕組みが必要なのです。

木村 そもそも、山に関心を持ったきっかけは何でしたか。

篠田 元々土木工学を目指したのは、見えないところで多くの人に貢献できるからです。現象を力学や微分方程式で華麗に説明できるということもあります。岐阜市内に住んでいると気付かないことですが、実際山に入ると、良い森、悪い森、というのがはっきり分かります。悪い森というのはクモの巣がない、虫や鳥がいない、といった特徴があります。原因が何なのか、データを調べると、みんなが知らないことがたくさんある。それにのめり込みました。研究とは、みんなが気付いていないことに自分一人が気付いて深めていく楽しさ、さらに、それが世の中のためになる楽しさを味わえると考えます。

例えば一九九四年の米不足につながった渇水について、一体何が起こっていたのか。実は過去三カ月や一年間に前兆がありました。こういったことも研究の成果や楽しさといえます。

樹木の過密によって洪水や渇水のリスクは高まります。葉が地面にたくさん落ちるとよい、と思われがちですが、実際は山が葉で覆われると、葉が雨をはじいて川に流れてしまい、地面に水が行き渡りません。理想は、葉が腐って土になると同時に、下層植生といって低木の広葉樹が生えることで、まず大きな木があり、中くらいの木、低木、最後に落ち葉がある、複層構造があるとよいのです。木々に、地面に日が当たるくらいの隙間があり、光合成がなされることが理想です。

木村 そもそも、たくさん木が欲しいから間を詰めて植林されたのでしょうか。

篠田 昔は燃料や建材の需要があったためにハゲ山だらけで、たくさん植林すればよい、という考え方でした。そして杉とヒノキを次々植えたのですが、木が育った今から一〇年二〇年前には材価が外材の方が安いからと、需要がなくなってしまったのです。

伐採されたハゲ山(部分皆伐)

杉やヒノキの構造体としての長所は、加工しやすいこと。曲がったりして扱いにくい広葉樹と違い、製品化するに均質化しやすいです。ただ、外材は大量に出回り、安い。外材の需要増は諸外国の環境問題に影響を与えています。日本も加担しています。それでも、日本は一本の木を切り出すのにコストがかかる。人件費が高いため、外材を使った方が安い、というジレンマがあるのが現状で、人件費を削るのではなく輸送コストなどを下げる努力をしようと模索しています。

林業は高度な技術力を要します。ヨーロッパでは高学歴の人が林業に携わり、憧れの職業となっています。日本でもそうなるには、材価を安定化しつつコストを下げる方策が必要となります。

木村 最後に、将来のためわれわれができることとは。

篠田 まずは木を使うことのメリットを知り、肌で感じてもらうこと。例えば木造の家は、夏は涼しく冬は暖かい。湿度のコントロールもでき、技術が進んで断熱もできるようになっています。地元の木は、風土に合っているものです。家は木造がいいね、ということに気付いてほしいのです。安ければよい、というのではなく、地元の木を多少高くても使うことが当たり前になるといいと思います。それが結局は、トータル的に安上がりになると思うのです。

次に、私は現地観察が楽しみでした。山の中では気持ちがリフレッシュします。これを知ってほしい。山の中に入って気持ちを新たにすることで、コロナ禍だと余計に感じられるようになったストレスを軽減することができます。森の中に入る心地よさを知ってほしいと思います。それによって、生活の中に森、木を意識するようになれます。

最後に、水や生き物に目を配らせること。水、生き物はほとんどが山由来です。水は山が蓄えたもの、山を管理しているからこそ享受できます。そして生き物はそこで生きているものです。生き物は何らかの形で人間に影響を与えています。そして人間は最後に影響を受けます。生き物に目を配らせることが、数十年後に人間の身に降りかかることを予見することにつながるのです。

略歴

篠田成郎(しのだ・せいろう)

一九五九年生まれ。岐阜大学、京都大学を経て、二〇〇三年より岐阜大学教授。専門分野:水文学・水環境工学。現地観測と数理モデル解析による、流域内での水・物質動態に及ぼす人間活動の影響評価を主な研究対象としている。産官学民が連携したぎふ・森林起点型地域社会システム研究会を主宰し、気候変動・温暖化影響下における森林環境保全と地域活性化に資する流域環境施策の提案と実施にも携わる。

木村裕子(きむら・ゆうこ)

一九七九年岐阜市生まれ。岐阜大学教育学部(理科教育・生物学)卒、岐阜大学大学院教育学研究科修了、平成一六年岐阜県庁入庁(農学)。
現在 岐阜農林事務所(農業普及課)

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