古往今来

2023(令和5)年6月

第9話 ■佐光義民校長の「格言」

 佐光義民校長(第34代)は1972(昭和47)年から1974(昭和49)年まで在職されました。小冊子「格言」(縦12.7㎝・横8.8㎝、19㌻)は、佐光校長によって次のような経緯で作成されました。
 佐光氏が中津商業高等学校の校長であった1965(昭和40)年1月、校長室に三年生男子からの手紙が届きました。その手紙には、校長へのお願いとして、次のように書かれていました――「先生が集会の時によく言われる格言の事ですが、この格言を集め格言集を作り全校生徒に配布していただきたいと思います。」
 佐光校長と三年生の先生方による相談の結果、三年生の希望者に印刷配布してはどうかということになり、まとめる作業が始まりました。しかし、佐光校長に曰く「なまけ者の私は卒業式前に完成出来ず今日まで延びたことを申訳なく思う」のように、発刊はその年の5月になりました。

 この小冊子の表紙裏には、「昭和四十九年三月三十一日 校長 佐光義民」として、次のように岐高生への言葉が記されています。

岐高の生徒ヘ
 私は全国でも数少ない創立百年祭にめぐり合った感謝のしるしに、このミニブックを諸君に贈ることにした。もともと進学希望百パーセントの岐高生向きの内容ではないが、人生の原理は一つだと思うので諸君の笑覧を望む。(以下略)

岐高通信制生徒ヘ 
 昭和四十九年正月(中略)「私達通信教育生の行事にも時間のゆるす限り参加してください」という年賀状を読んだ時、私は通信の生徒にすまないことをしたと後悔した。昭和四十八年度は岐高百年祭の大事業があった上に私が岐阜県高等学校校長協会の会長の役をつとめたことなど、顔を出しにくい理由があったとしても私は通信のスクーリングに出て諸君と語るべきであったと反省し、おわびの一端にこのミニブックを贈呈することとした。どうか御海容下さるようお願い申します。

 「格言」には18の言葉が挙げられ、それぞれの言葉に付された説明には佐光校長の思いが込められています。その中から次の二つをご紹介します。

4「現在相は自己充実の過程相であって決定相ではない」(前東大教授三谷隆正氏❶)
 何度も諸君にこの格言について語ったので、もう説明することもない位だ。人間特に日本人は現在の一時期を見るだけで、有頂天(大喜び)になったり、絶望したりする傾向がある。しかし現在相のまま永遠に推移するということは絶対にないのだ。
 日本で昔から云われる「十歳(とお)で神童、十五で才子、二十(はたち)過ぎればナミの人」という言葉などは右の格言の現在相は過程相に過ぎないことを云っているのであって、その時の調子の良し悪しに拘らず努力を続けることが大切である。

11「満堂、春を生ず」(中国)
(意味)室中一杯に春のような明るく暖かい気分が満ちるということ。
(説明)西郷従道(西郷南洲の弟❷)の人物を形容する言葉として使われたことがある。西郷従道は明治時代何回も大臣を勤めた人であるが、この人が現われると、それまでたとえいかに室の空気がとげとげしかったり、或いは沈んでしょげていても、従道が加わるだけで、とたんに、その場の空気が春がやって来たように明るく生き生きとして来たという。
 諸君の職場の上役や先輩の中にも必ずそういう人がいて、その人がいるだけで、全体が生き生きと元気になるような人がいるものである、諸君も努力してそういう人物になってほしい。しかしこれは人真似では絶対に出来ないことであり、相当長期にわたって努力する必要がある。
 反対に、その人が現われるだけで全体の空気が暗くなりまた冷たくなるような人物には絶対にならぬよう気をつけてほしい。

「古往今来」の著者による註記
❶三谷隆正(1889~1944):神奈川県出身、法学者
 第一高等学校で新渡戸稲造に師事し、1915(大正4)年に東京帝大英法科を卒業して第六高等学校に赴任し、法制、ドイツ語を担当しました。1929(昭和4)年に第一高等学校教授となり、中央大、東京女子大でも教壇に立ちました。母校からの数度の教授就任要請を断り続け、最後まで第一高等学校で教えました。高潔温厚な人格によって学生を感化し、〝一高の良心〟と称されました。
❷西郷従道(1843~1902):鹿児島県出身、軍人・政治家
 本名は隆興ですが、太政官で名前を登録する際、口頭で「りゅうこう」と伝えたところ、役人は「じゅうどう」と聞き違えて「従道」と記録しました。しかし西郷はこのことを特に気にすることなく、以後もそのままで通しました。陸軍と海軍の両方で将官や閣僚を経験した稀有な人物として知られ、相手の話を聞いて「なるほど、なるほど」と相槌を打ったことから〝成程大臣〟とも渾名されました。

参考文献:「西郷従道 大西郷兄弟物語」豊田 穣著(光人社、1995年)


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